言葉は既に死に絶えている
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アンヘルの手がさっきから頭を撫でている。
目は瞑っているけれども寝ている訳ではないから、テレビから流れてくる音声もたまにするアンヘルの笑い声もちゃんと聞こえる。
何かのついでのように撫でられている。痛くも無いが、特に気持ちのいいものでもない。ただ温かいだけだ。
アンヘルの撫で方は子供を褒める時にするようなそれではなく、どちらかと言えば慰めるような落ち着かせるようなやり方に近い。そのどちらも記憶にはない。だから、多分こんなものなんじゃないか、と思っている程度だ。
やめろ、と一言叫んで機嫌の悪い振りをしながら起きあがって、押しのければそれで済む話だ。
そうすればきっとアンヘルは撫でるのをやめて、もーどうして怒るのー、といつもの甘ったるい声で笑って、よくやるように、捕まえるように抱きしめてきたり前触れも無しに鼻の頭を噛んできたりする。けれどもなぜか出来ない。やろうと思った気持ちが生まれるそばから潰されていく。
撫でられるたびに少しずつ押し潰されるようで、息ができなくなる。
このまま本当に押し潰されてしまって、自分も自分の思考も全部薄ぺらくなってあとかたも無くなってしまえばいいのに、と思った。



水底は悲しみだらけ (01ED後設定)
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生ぬるい培養液はアンヘルが蹴り破ったガラスからすっかり流れだしてしまって、歩くたびにぴちゃぴちゃと撥ねて靴を濡らす。アンヘルは日頃の馬鹿げた陽気など嘘のように、さっきから息をひきつらせるようにしてわあわあと泣いている。
「アンヘル」
呼んでも顔を上げるだけで、その眼からはだらだらと涙が流れ落ちていて止まりそうもない。こんな彼女を見るのは初めてで、K9999は戸惑うだけで何もできない。
「どうせ、こいつら≠セって、生まれてもロクなもんじゃなかっただろ」
「わかってるッ、よッ」
培養槽の中には、ネスツが今まで通りだったのなら何年後かにはお仲間になるかもしれなかった、作りかけのクローンがそれぞれ入っていた。けれども、ネスツは壊れてしまい培養槽もついさっきアンヘルが蹴り壊したから、全部おじゃんになった。
「お前が、泣く道理はねェだろ」
困り果てたK9999がため息を吐いても、だってさぁ、とだけ言ってまたアンヘルはぼろぼろと大粒の零す。
「それとも、なぁもしかして」
人がいなくなった基地は馬鹿みたいに静かで、K9999の声と水が零れ落ちる音に、アンヘルの喉が鳴る呼吸音だけが響いた。一瞬だけここがどこなのかわからなくなって、K9999は頭痛を払うように頭を振った。
「俺の、せいなのか」
K9999が聞いても、アンヘルの返答はない。ただ零れ落ちなかった涙のたまった赤い目で見てくる。それまでアンヘルの事を綺麗だのかわいいとは何度か思った事はあったが、今多分初めて、好きだ、とK9999は思った。
だがそれよりもすがりつきたかった。けれどもすがりついてはいけないとも思った。二度と立ち上がれない気がした。

(私がたった今殺したのはあんたの兄弟だけどそれをあんたは知っちゃいけない)


ほら溶けてしまった
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雪だるまつくりたいにゃー。そう言って、アンヘルは手近にあった青色の手を掴んで外まで連れ出した。後ろではK9999が叫んでいるが見ない。聞こえているけど見ない。見たって何も変わらないし変えないから見ない。
孤島だろうが秘密基地だろうが、雪は降っては積もるのである。
手の中で小さな雪玉を作って、手に乗るくらいまで大きくする。すぐにアンヘルの手先は痺れるような痛みしか感じなくなり、雪玉を地面に置き腕を組んで体温で温める。
毛糸の手袋でも持ってくればよかったかな、と後悔しかけたが、そんなもの自体持ってない事をアンヘルは思い出した。
ぶつぶつとぼやきながらK9999は雪玉を転がしている。K9999の手にも勿論手袋ははまってない。グローブはあるけどその下に皮膚は無いから、あれは素手のようなものだ。
「K9999、冷たい?」
考えているような間があった後、わからねェ、とだけ一言返って来た。
あの手は冷たい。あたりまえだけど体温がなくて、不便だろうという理由で温度を感じる事もない。
雪を掴む。痺れるような寒さを堪えて手を開けば、アンヘルの手の中の氷は溶けて水になっている。皮膚があり体温もある、馬鹿馬鹿しい程人間の手。
おいどーすんだこれ、と声がして顔を向ければ、K9999の脇で雪玉が二つ上下に重なっていた。
「どーしようか?写真撮る?K9999頑張りました記念」
「……撮ってどうすんだ、馬鹿」
つか別に頑張ってねェし、とぼやくK9999の髪に雪がついていて、払おうとアンヘルは手を伸ばす。落とす前に雪は溶けてしまったのが、なぜだか妙に苛立たしかった。


安寧はいつだって飴と鞭
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あぐらをかいた両ひざの脇に手をつかれて、わざわざ上目遣いで見上げられている。目を合わせてしまって以来身動きが取れない。
今にも喉笛を食い破られそうだとK9999は思った。
アンヘルの口が自分の名前を呼ぶ。からかうような口調でも、怒っている時のでもない。
悪い予感しかしない。早くアンヘルを黙らせなければ、それかここから一刻も早く立ち去らなければいけない。
それでも、押しのける事が出来なかった。
「好きだよ」
やめろもう何も言うな俺が悪かった許してくれ本当に。息が詰まってできなくなる。
訳も分からず、ただ泣きそうだとK9999は思った。悲しい訳では無かった。
アンヘルの口はまだ動いていて何かを喋っていたが、何を言っているか聞こえなくて、目の前の肩に顔をうずめて、わからねェよ、とK9999は呟いた。どうせ聞こえていない。それでいい。



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