果てぬ夢
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今ここであんたの頭を撃ち抜いたら、それとも俺の頭を撃ち抜くかしたら、全部終わる気がして仕方がねェ。
左手でフォークを右手で銃をもてあそびながらコヨーテは呟いた。それは染み付いた癖のようなもので、マナーがどうこうと文句をつける類のものではない。皿がいくつも載ったテーブルを挟んで、コヨーテの向かいに座るダンも拳銃は脇から離しはしない。
互いに今は食事を取る方に専念したいので構えないし銃口を突きつけたりもしない。それだけの話だ。
「くだンねェな」
ダンは乱暴に透明なグラスに入ったペリエを呷った。
「やったッて、どうなるもんでもねェだろうが」
そんなに死にてェなら、ここでお前の頭撃ち抜いてトマトみてェにしてやろうか。
もしコヨーテが頷いたら、一呼吸する間に即座に銃を握って突きつけ引き金を引いてやる。それ位の心持ちでダンは口を動かした。さっきから皿に当たってフォークがカチャカチャ鳴る音が耳障りだった筈なのに、不意に音が全部無くなった気がした。息を殺して目の前の男の行動を伺う。
黙っていたコヨーテが下を向いたまま吹き出した。顔を右手で覆ったまま声を上げて笑う。
それを皮切りに一気に音が戻ってくる。震えている肩に腹が立って、ダンはテーブルの下の足を蹴った。
「あんた、一度殺しただけじゃまだ足りないのか。とんだ欲張りだ」
「お前が、俺に、殺されたがってるンだろが」
冗談だろ、と顔を上げてへらりとコヨーテは口と眉だけで笑った。眼が冷たく光り、ダンはこの男の本性を思い出す。
「よりによってあんたに殺されるなんて、二度と御免だ」
「どうせ、生き返るに決まってる」
不適な笑みを浮かべながら、口にするだけでも苦い事実をダンは吐き捨てた。目の前の男の顔が一瞬で沈みきって、少し溜飲が下がる。死人みたいな顔だなと思ってから、そういや元から死人だったと今更ながらに気付いて笑いたくなった。
死なせて死んでまた生き返って殺して殺されて。チェスの駒でももっとましな一生を送ってる。
「夢が、続いてる気がする」
コヨーテが項垂れたまま呟いた。
「あんたに撃たれた時から、俺はずっと夢を見ているンじゃねェかと思ったりも、する。実はこれは全部夢で、本物はあそこか、どっか別のところで死にかけてンじゃねェかとか、たまに思うンだ」
馬鹿げてるだろ?
そう言って、すっかり普段の調子を取り戻してへらへらと笑う男を嘲笑う程ダンも強くはない。かつて師匠と呼んだ相手に撃たれた箇所が痛んだ。錯覚とわかっていても痛いものは痛く、ダンは眉をしかめる。あの男の顔を思い出して一気に気分が悪くなる。
「ここに、馬鹿げてねェものがある、ッてでも思ってンのか」
鉛玉一つで終わる世界なんて、今となっては程遠くなってしまった。





お題「違うせかいを希めば」改題改訂。
コヨーテ両利きだと思うんですが(銃は右手なのに鍵開ける時左手)