犬の名前
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犬を飼ってた、と急に思い出したように錦山は呟いた。隣に座る伊達は煙草を消して続きを促した。足元にはどこから来たのか子犬がまとわりついている。男二人でしゃがんで犬を撫でている。
こいつとは多分違うけど、と付け足して錦山が話し出した。伊達は黙って犬を撫でている。すんすんと鼻を鳴らして、犬はされるがままになっている。
「ひまわりの近くに、箱ン中に捨てられてて、桐生が拾ってきた」
「ああ、あいつは拾うよな」
「最初は、桐生と俺と由美でこっそり飼ってたけど結局無理だった」
「……まあ、なァ」
「三人で園長さんに頼みに行って、何とか飼ってもいい事になって、名前付けて、交代で散歩に行った」
そこまで頷きながら聞いていた伊達は、え、と急に驚いた顔をして錦山の方を向いた。
「……名前、それまで無かったのか」
錦山は少し黙った後、そういや無かったな、と呟いた。
「いや、付けてやれよ」
「だから、その後付けたッて」
そう言って、子犬の喉元を指の腹で撫でながら、錦山は子供のように口を尖らした。はぁ、とか溜め息混じりの相槌ををつきながら伊達も犬を撫でている。
「ところで何だったんだ、種類?」
「白くて、毛が長かった」
「……スピッツかな?」
「かもな」
もう昔のことは良く覚えてないんだ、と口の中で混ぜるように呟いて錦山は俯いた。俯いたまま腕を組んで、爪を立てるくらい強く握り締めた後顔を上げた。
「あんたと家族になりたい」
男の言葉は唐突だ。それはいつもいつもよく考えた上の結果らしいのだが、聞く方にして見ればいきなりでしかない。その白いスーツの下薄い皮一枚の中身が何を考え続けているのかなど、男以外にわからない。
これまたいつもの通りに伊達が面食らっていると錦山は続ける。透き通っているような声で、伊達の方を見ずに、犬を撫でながら話す。
「あんたの家族でもいい」
伊達は何を言えばいいのか考えて黙り込んだ。目を瞑ると、悲鳴と怒声と笑い声がどこからともなく聞こえてくる。今ここでこうしている間も、誰かが血を流している。この街は常に誰かが泣いている。
駄目か、と錦山が伊達の方を見て子供の顔で笑った。
「いや、だから、なんでそういう話になるんだって」
さっきから惰性で撫でている犬の体はあたたかい。けれども犬の名前を伊達は思い出せない。案外、実は名前を知らないのかもしれない。こうやって話しながらも、頭の半分で犬の名前ばかりを考え続けている。
「俺の家族は、もう誰もいなくなっちまったから、」
あんたと家族になりたい、です。
です、を強調して、こんな時ばかりとってつけたような敬語を使い、錦山は顔の力を抜いて笑う。どんなに笑っても泣いても、男からするのはむせ返るばかりの血の匂いでしかない。
「だから、何で俺なんだよ」
「あんたに、触っちゃったから」
どうにも手の付けられない程の寂しさを漂わせて、錦山はなぜか笑う。俺には何も出来ねェよ、と伊達は体中から押し出すように言葉を漏らした。
「何もしなくていい、ッて」
言わなくても知ってるから。
無理矢理に感情を押し込めて、錦山は笑う。笑うたびに伊達は居場所がないように身を縮めていく。子犬はぐるぐると周ってどこにも行かない。
帰る場所を無くした犬同士、身を寄せ合う事も出来ずに、ただ吠えて噛み付くためだけに生まれてきたのか。




錦山の誕生日を祝うにしてはいつもの如くに辛気臭いので、単にちなんで書きたかっただけかもしれません。錦伊達(気持ち)
あと一応、この伊達さんは真島と関わり無いです。違う世界に生きてます。
とりあえず二人とも犬っぽい。