あぶらかだぶら
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最初に出た声が、何やァ?、と非常に間の抜けたものだったことが真島は我ながら不服だった。他にもっと気の利いた事が言えないものかと気が滅入る。
鍵が開いてたからチャイムも鳴らさずつかつか上がりこんで部屋のドア開けて、初めて見たものがベッドに座って膝を抱えて俯く伊達の姿だったのだ。それを差し引いてもやっぱり不満だった。
夕日に照らされて影が真島の足に落ちる。伊達の影を踏みつけながら真島はベッド際まで近寄った。
「誰か知ってる人でも死んだん?」
「勝手に人の知り合い殺すな」
「なら誰か殺したん?」
「てめぇと一緒にすンな」
「風邪でも引いたんか?」
「生憎だがここ何年寝込んだ事すらねェよ」
「なァ、何かあったんか?」
「何もねェよ」
背を向けたまま窓の方を向いて膝を抱える伊達の声はそっけなく、真島は溜め息も出ない。立っているのもなんなので、ぼす、とベッドに腰を下ろす。男二人が膝抱えて同じ方向を向いてベッドの上に座るだなど、光景を想像しただけで滑稽というかみっともないというか、笑えるどころか泣けてくるので真島は背中合わせになるくらいにベッドに腰を下ろしてから、少しずれてみた。体温が体半分だけに伝わってくる。
「何や、元気ないのー、オッサン」
「ンな事ねェよ」
「は、本気でそう思うとるん?」
背中から聞こえてた細い声を真島はへらへらと笑い飛ばした。
刑事としては知らないが、伊達という男はどこか鈍いと真島は思っている。自分が見たくないと思ってる事や考えもしてない事に関しては怖ろしいほど勘が利かない。そのくせ人並みに傷ついたりするものだから始末が悪い。鈍いと丈夫というのは似ているがはっきりとした別物で、それをこの刑事は同一視するからこんな風に何かの拍子に駄目になるのだと真島は思った。
「ええ加減気付けや、ほんま阿呆やなァ、あんた」
ぐい、と押したらこのまま倒れそうなくらいに今の伊達は弱々しく、真島はこのままだと彼をいつもの刑事に戻す一番物騒で簡単で馬鹿らしい方法に手を出してしまいそうになって、うわ、とかあほな、とかひとり言が口から漏れた。それはさすがにまずいと思う。
刑事の顔を殴る代わりに、真島は肩をつかんで半身だけでもこちらを向かせた。かすかに苦い口中に舌を差し込んで、軽く離したりまたくっつけたり、たまに下唇を噛んでみたりしてみて、くちゅと水音を立てる遊びをする。予告無しにも関わらず、伊達は逃げもせず軽く眉をしかめただけで、素直に遊びに乗ってきた。
キスしながら相手を泣かせたくなったのは何度かあるが自分が泣きたくなったのは初めてで、真島はゆっくりと腹の辺りに溜まって行く感情が興奮か悲しみかはわからなかった。
「……つーまーらーん」
間延びした声で一つぼやいていかにも飽きたみたいに真島が口を離せば、ふいと伊達も離れていく。口元についた唾液を拭えばもう何もない。何にもならなかった。
「自分でやっといてその言い方はないだろ」
呆れ果てたというよりは、体の中にあるものを吐き出すように伊達は言ってから、あーやっぱ疲れてンのかね、と眉を曲げて笑った。
「ま、そのうち戻るからよ、多分」
悪ィな、と消えそうな声で多分笑ったであろう伊達の顔は見ずに、真島は足元に落ちてたライターを蹴り飛ばした。顔を見たら今度こそ殴りつけてしまいそうだったので、極力知らない振りをした。行き場を無くした力はシーツを握り締めて無理に発散させる。
真島は壊す強さしか知らない。今まさにここで背中から伝わって部屋中を埋めるように伝染して増えていく不安や戸惑いには、それはひどく無力だった。もう打つ手はなく、今はただこの状況を打開できる魔法のような言葉がないかと考えている。言うだけなら、誰にでも出来る。




伊達だってたまにはへこむという話。そして真島は何も出来ないという話。
仮題がパルプンテでした。さすがにやめた。