不自由な自由
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死ぬかもしれないと思った事は何度もあって、それの半分の回数くらい、これは死ぬなと思った事があり、それの更にまた半分くらい、死ぬしかないなと諦めかけて今こうやって生きているのは、単に運がよかったとしか言いようがないくらいの事が伊達にはあったらしい。

死なんかな、と真島は明日晴れればいいと願うくらいの気軽さで思ってみた。
伊達にかれこれ二週間は会っていなかった。連絡など取ったことは無い。いつだってふらりとやってくるか、気の向いた時に家に行くなんて事を繰り返していたので、電話番号一つ真島は知らない。
狭い街にいるのだからどこかで顔は合わせた。人づてに噂は聞いた。だと言うのにここ最近はそれもない。どうやら神室町にはいないらしい。
「笑えんにも程あるで、なァ?」
口から息のように言葉がこぼれた。
家に行ってみた。郵便受けには何日分か分からないくらいの新聞とチラシが詰まっていた。人の気配なんて微塵もなかった。ああ、気が滅入る。何で滅入るのかわからないだけに余計に滅入って仕方がない。
あの刑事には、自分の知っている所で死んで欲しい。目の前で息をするのを止めて、骨になって灰になってそんな風にゆっくり順序を踏みながら別れていきたい。そんな事を急に真島は考えた。考えた後で、その空想のあまりの無意味さに笑いが漏れる。
「肺ガン、とかでほんま死なんかな、あのオッサン」
呟いてみても当然ながら声は部屋に吸い込まれるだけで、何一つ返ってくるものは無い。今はただ、眼に映るもの全てが腹立たしく、真島は眼を閉じた。。
息の吸い過ぎで体の中のもの何も吐き出せなくなって死んでしまうんやないかと思うくらい、不自由極まりなかった。



ダッチロール
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何もかもが二十日前に見た光景と変わらなかった。
真島はソファーに頭だけもたれかかって、伊達は煙草を咥えたまま見下ろしている。部屋にゆっくりと煙が充満していく。
「しばらく見ンかったけどどこ行っとったン?」
「……慰安旅行だ」
「何や、全然顔見んからどっかで死んだかと思っとったわ」
真島が言い返せば、伊達がいきなり吹き出した。
「何がおかしいンや」
「いーや、」
体を震わせて笑いながら、伊達が真島の正面にしゃがみこんで来て、言った。
「お前、まさか寂しかったとか言い出すンじゃねェだろうな?」
その言葉を聞いた直後、真島はにぃ、と口を笑いの形にして伊達の襟元を掴んでぐいと引き寄せると、体の位置を入れ替えるように伊達を引き倒した。後頭部を床にぶつけて、ぐゥ、と伊達が呻く。
「テメェッ……」
「あんた、いい加減やかましいでェ」
起き上がりかけた伊達にひょいと馬乗りになると、真島は首を両手で掴んで床に押し付けて覆いかぶさるようにキスをした。喉から漏れた破裂音も苦しそうな息も全部一緒に吸い込んで、再度伊達の口に戻すように舌をねじ込んでやる。腕に食い込む爪も苦しそうに歪む顔も知った事ではない。口端からこぼれた唾液を舌で舐めとり、また戻す。手の下の男の体はみるみる内に固くなり、脈は打つ速度を上げていった。その様子に真島の心臓は跳ね、口角が上がっていく。
「……お、い……」
「ん?どしたん?」
伊達の口がぱくぱくと魚みたいに動くから、真島が手を緩めて屈んで口に耳を寄せれば、右のわき腹に強い衝撃が来て、上半身が浮いた。見れば伊達の左膝があり、次いで伊達の顔を見れば苦しげながらも不適に笑っていた。すぐに第二撃がやってきて、真島は伊達の上から蹴り飛ばされた。
「ゴホッ……ははッ、何、や、ガッ……やるのォ……コホッ」
「……噎せるか話すか、どっちかにしろ」
はァ、と溜め息をついて憔悴した顔で煙草に火をつけた後、伊達は立ち上がって灰皿を探す。
その様子を横目に見ながら、ごろりと真島は横になった。わき腹が痛む。
「オッサン、ちっとは一般人相手に手加減したらどうや」
「お前相手にしてたら命が幾つあっても足りねェよ……土産買ってきたけど食うか?」
「……食えるもんやったら食う」
ごろごろと寝転がっている真島が答えれば、伊達が台所に歩く気配がした。
「なら皿と酒出すぞ」
「あんた何買うてきたン?つか、どこ行っとったンや一体」
「見りゃわかる」
「……なァ、オッサン」
おかえり、と天井を見上げたまま真島が言ってやれば少し間があった後、背を向けたままいつもの無愛想な声で、ただいま、と返ってきた。それだけの事なのに、無性におかしくなってきて真島は笑いが止まらなくなり、また噎せた。




二人とも何やってんだか、という話。