夢の世
------------

一度認識してしまえば隣で微動だにせず寝息を立てるそれは異物以外の何物でもなく、寝直す気も失せて龍司はむくりと起き上がった。ベッドの上であぐらをかいて、乱れた髪を後ろに適当に撫で付ける。首を鳴らして伸びをすれば、ぎぃとスプリングが軋んだ。そのまま足で床に散らばっている服を取って、下だけでも履く。
隣で寝ている男が何やら唸って寝返りを打つ。
「高島」
真っ白い背中がびく、と一度動き、それから右腕だけが体越しに幽霊のように伸びてきて、毛布を頭まで被って丸まった。
「おい、起きんかい」
呆れ反面その様子が変に気味が悪くて、龍司はあまり力を込めずに毛布にくるまった背中を蹴った。気味悪く思うのはその背中に何もいないからかもしれない。
「おき、る」
はっきりと眼が覚めていないのか、き、と、るの間がやけに延びた怒鳴り声だか唸り声だかが返ってきて益々龍司は呆れる。
「起きてへんやろ」
「起きる、起きる」
起きる、から。
背を向けたままもぞもぞと動いて、同じ言葉を繰り返す男に普段の知性や理性はまるで見受けられず、本当に策や散々に自分をいいように扱った奴と同じかと龍司は溜め息をつく。
起きる、から、騒ぐな。
そう細い声がして、生き物のように毛布の塊がぐぅッと起き上がった。二本の腕が生えるようにいきなり姿を現して毛布を引き摺り下ろす。
「何や、死人みたいなツラしおって」
「……知るか」
半開きだった目をきつく瞑った後、眉間に皺を寄せて睨むように高島は龍司を見る。見た後、眼や眉の辺りを乱暴にこすって顔を両手で覆った後、眼鏡知らないかと呟いた。
「昨日、どこに置いたか忘れた」
「……お前、いま眼ェ見えてへんのか」
「全く、見えてないわけではない。ただ、こう膜か靄がかかる感じにしか、無理だ」
薄っすらと眼を開き、高島は龍司の方を焦点の合っていない眼で見た後、諦めたように顔の力を抜いた。どうにもそれが笑っているのか何なのかはっきりしないのは、今まで龍司は目の前の男がそういう顔をするのは見たことが無かったからだ。
「なら、ワシは、」
「まあ、一応見えてはいる」
何かいるな、くらいには。
そう言って、高島は血色の悪い唇をまげて軽く笑った。すうすうと息を吸って吐いて、薄い胸板が上下する。その度に一枚一枚皮を剥ぐように高島はゆっくりと戻っていく。その様子をただ、見ながら、空気が抜けるように龍司は呟いた。
「……やっぱどうかしとるわお前」
「どこがだ」
「全部や全部」
これが身内で無ければ龍司だって悪い冗談だと思う。こんなにも細い、刺青も背負っていない男が、いっぱしの極道というのは笑い話でしかない。
「たまに、茶番やないかと思う事がある。お前も、郷龍会も、近江も、何もかんもや」
どういう訳で自分はこんな所で極道なんぞやっているのだろう。微かに顔だけ覚えている自分の親はどこにいったのだろう。何で男と同じベッドなんぞに寝ているのだろう。思い出せない事だらけが足場になって龍司の現在の生活は成り立っている。これはこれで笑い話だと龍司は思う。自分のことでなかったら馬鹿笑いしてやるのにと微かに残念がる。
「何を馬鹿な事を言っているんだ」
そう言って、先程の龍司と同じように床に落ちていた服を拾って適当に着た高島が冷ややかに笑った。それを聞いて、龍司も小さく笑う。男の口から出るのは嘘偽りだけで、それだけは唯一嫌と言うほど知り尽くしている。
だからきっといつかその日が来て、全部夢みたいにはじけて消えるに違いない。醒めた先に碌なものがある気もしないが。

「お前、実は全部知っとるンちゃうンか?」
「……知っているとしても、それを私が言うとでも思うか?」
多分、これは真実だ。


笑い話、ですよ?