「おい、思い出とやらはどうしたら捨てられる?」
「……死んだら捨てる程手元に残らんぞ」






最初に気になったのは、その男の声が聞こえるのに反響が一切無かったことだ。気配こそ僅かにあるが、足音や呼吸などの音が全くと言っていいほど存在しなかった。目が開かなくなってから、まるで代わりのように耳や鼻が過敏になった。気付かない訳が無い。
「……死人か、貴様」
「勘がいいな、大当たりだ」
甲高い馬鹿笑いは確かに聞こえるのに、やはり少しもその声は響いてはいなかった。名を聞けば、この街に来て何度も聞いた単語を男は口にした。
今更、何を聞かされてももう驚きはしなかった。

(中略)

「未練か……最後に戦った、あのテリーとかいう男は?」
「決着は既についているからな。今更興味は無い」
「じゃあ、貴様の息子はどうだ?」
「気になると言えば嘘ではないが、執着する程では無いな」
「ならば、後はハワードコネクションと言ったか……」
「ああ、すっかり忘れてた」
「もういい、口を開くな貴様」


(中略)


ぴたりと牙刀は足を止める。どうかしたか、と怪訝そうにギースが聞いてきた。
「もう気付いているのだろう?違うか、ギース」
どうして、ごく当たり前の道理を口にするだけなのに、こんなにも手が震えるのだろうと牙刀は思った。
ああ、と声が聞こえる。こんなにも弱々しい心地でギースが話すのを、牙刀は初めて聞いた気がした。
わかりきっていた事だった。この街の誰よりも自由で、何にも縛られず、思うがままに生きてきた男だ。憎まず妬まず縋らず頼らず、ギース・ハワードはいつだって一人きりで成っていた。
「私の未練など、どこにも無かったのだ」
わかりきっていた事だった。たった一人、ギースを除けば。




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