通り雨
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頬に当たる風が幾分冷たくなってきた。じきに雨が来る、とレッドは地面に寝転がったまま曇り空を見上げる。
なぜ風が冷たくなると雨が降るのかレッドは知らない。興味もない。ただ、今までこういう風が吹いた後に雨が降っていただけなのだろう、きっと。
ほとんどの行動は経験の産物にすぎない。言ってみれば刀を振るう順番と似たようなもので、特に考えなくとも体を動かす事に支障はない。なぞってたまに変化をつけりだけで、大抵のことは応用がきく。
ごろ、と寝がえりを打てば顔のすぐ目の前に革靴があって、首から上だけを地面から離してレッドは男を見上げる。
「おい、帰るぞ」
「もう少しいいだろう」
「レッド」
差し出された手を掴む気がせず、レッドは頭を軽く振って立ちあがった。雨粒が額にぶつかって、ヒィッツカラルドが見とがめて小さく舌打ちした。すぐに雨がざぁざぁと降ってきてヒィッツカラルドを襲う。
まっ白い眼球がいらだたしげに歪む様が小気味よくて、ざまみろと腹の中でレッドは笑う。そう思うことで、日々必死に何かをやり過ごしている。その何か、に気づいてしまったら最後、避けようがない雷雨を呼んでしまいそうな気がして、レッドは別の事でごまかそうとしている。そうしている自分に嫌気がさすのもそろそろ飽きてきた。
「さっさと帰るぞ」
「わかっている」
風が吹きつけてきては体温を奪っていく。男のスーツが靴が腕時計が、みるみるうちに雨に濡れて僅かながら色を濃くしていく。自分のスーツもじっとりと雨を吸い込んで、肌に貼りつくのと剥がれるのを繰り返していてさっきから歩きにくかった。
ヒィッツカラルドの顔を見れば、ぐっしょりと濡れて顔に垂れてきた前髪を後ろになでつけたところだった。
「随分といい格好じゃないか、色男」
「誰のせいだと思っている」
「仕事の後よりよっぽどひどいことになっているぞ」
「放っておけ」
雨に濡れたまま歩くのも、血しぶきと違ってべとつかない分奇妙な気持ちよさがある。それをすぐ前を歩くヒィッツカラルドに伝えたいのだが、どう言えばいいのか見当がつかない。
たっぷりと水分を含んだスーツが重い。多分腕も足も日頃のようには動かない。かじかんだ指はじわじわと感覚をなくしていく。
やり方を知らない。聞いた事も見た事すらない。きっと全ての根源は、それっぽっちの理由なのだ。