保健室は微かにする血の臭いと軟膏の臭いが空気に混ざっていた。
「雑渡さん」
伊作は床に散らかった処方箋を一枚捲ってみた。ついでに周りに落ちているのも拾って積んで束にする。
「雑渡さん、どこいるんですか」
薬草棚を適当に開けて中を覗いてみる。これに入るくらいの大きさだったら持ち運べたり、どこにも行ったりされないのに、と僅かに残念に思った。からり。ぱたり。閉めたり開けたりしてみる。次はどこを探してみようか。
「雑渡さん、雑渡さん」
「どこ捜してるのかね」
頭の後ろから降ってきた声に安心して、声を立てずに伊作は笑う。振り向いたら予想と変わらない包帯男が突っ立っていた。
「君、探す気ないだろ」
「あなたこそ、隠れるつもりなら匂いくらい消して下さいよ」
「つい忘れてたんだよ、君に会いたくて気が急いてね」
雑渡の口から出る言葉は煙に似ていると伊作は思っている。ふわふわと漂っては、跡形も無く消えてしまう。この男はきっとわかっている。
「嘘ばっかり」
恐る恐る一歩踏み出しても、逃がさないように抱きしめても雑渡は消えなかった。困ったなぁ、とちっとも困っていない風に笑って、子供のように頭を撫でられる。
ひどい目にあわされた訳でもこれといって悲しい訳でもないのに、雑渡といると伊作は涙がせり上がって来て困る。けれど、こんな人の前で泣いたって何も変わりはしないから、ただ黙って涙を飲み下す。
「伊作くん、もうちょっと力を緩めてくれないかな」
「こうでもしないと、あなた僕のことなんかお構いなしにどっか行っちゃうじゃないですか」
「そんなことしないよ」
「またそうやってしゃあしゃあと嘘を言う」
「うん」
顔を埋めた肩からは血の匂いがする。腰にまわした腕に力を入れれば、雑渡は僅かに身を小さくしてきてぴたりと吸いつくように近くなった。
それでも決して一つにはなれないとわかっているから、かわりに笑い合ってみたり触れてみたりしている。かわりでしかないから何度だって繰り返す。
「待ってれば、私なんて戦場ふらふらしてるし暇になったら来るからいつか会えるさ」
「僕はあなたほど悠長じゃないんです」
みたいだね、と包帯から覗く目が細まった。笑っている。余裕をこれでもかと見せつけてくるようで、ざらざらとした不愉快が伊作の胸に詰まっていく。
「ほんと君って忍者に向いてないな」
うるさい頼むから黙ってくれもう喋るなあんた。こっちは涙を飲み込むのに忙しいんだ。
抱きしめた体はあちこち筋ばって固くて、自分の思い通りになる気配なんて少しもなかった。今しかない。いつか、なんて夢と変わらない。