日に照らされてじんわりと背中が汗をかいたせいで、ジャケットが体にまとわりつく感触が不快だった。真昼間の陽気が体の中に染み込むようで、緊張感が生まれたそばから消えていく。喫茶店だか屋台だかよくわからない店のテーブルは、どうして白いのが多いのだろうとビリーは馬鹿らしい事を考える。日光が反射して眩しい事この上ない。
平和だ、と口に出してみれば、向かいに座る山崎が聞き咎めて視線をよこした。
「どうしたよ」
「俺とお前が顔突き合わしてチキン齧ってポテトつまんでるだけだなんて、ああなんて平和」
そこまで一息に言った後、はぁ、とわざとらしくため息をついて、ビリーはフライドポテトが入った籠に手を伸ばした。山崎が生欠伸を噛み殺して、呆れたように笑う。
「いいじゃねぇか、平和。面倒が無くて」
「……お前の口から平和とか出ると笑えるな」
うるせぇよ、と吐き捨ててテーブルの下で山崎はビリーの足を踏んだ。
口に出してみなくとも平和だった。紛れもなく平和だった。今の所、目の前の男を含む、どこかを潰せだとか誰かを始末しろとかいう命令は出ていなくて、だからこそこうして街中で堂々と腑抜けている。
特にする事も無く視線を人ごみにうつしていれば、肩をいからせて早足で歩いてくる、人相の悪い男達が目に入った。揃いなのか黒い服に身を包んだ男たちの一人は、自分と山崎の方を見ると方向を変えて近寄ってきた。
「なぁ、あれお前の知り合い?」
「ああ……いんや、知らねェ顔だ」
ビリーが指差して聞けば、そううそぶく山崎竜二の顔はどこか得意げで、とりあえず碌でもない事になりそうな事だけはビリーにもわかった。この男が機嫌がいい時は、大抵近くの誰かがひどい目に合う。例えば自分だとか。
近寄ってきた男達は顔つきから見るに東洋人らしく、山崎を殺気だった視線で睨みつけて何語かわからないが早口で怒鳴った。山崎は笑いを崩さないまま、英語以外の言葉で二言ほど返して、それが余計に男達を怒らせているようだった。
ビリーは背中にさしてある棍を後ろ手に触って確かめながら、山崎の耳に顔を寄せる。ついでに、面倒事に巻き込んだ恨みを込めて素知らぬ顔をして男の足を踏みつけた。
「なァ、なんつってんのコイツら」
「……誇りを傷つけただとか、お前だけは許せんとか、そんな辺りだな」
そう山崎は言いながら、ビリーの足を軽く蹴って払った。囲んでいる男たちはよほど激昂しているのか、気付かないまま山崎を怒鳴りつけている。
「もっと簡単に言え」
「要するに、くたばれ、だとよ」
山崎がそう言った直後、男達の一人が恐らく銃で膨らんだ胸元に手を入れ、ビリーの方を見て立ち上がるように顎をしゃくった。憮然とした顔になったビリーを見て、山崎が心底おかしそうに笑った。それを空笑いと取ったのか、周りの男達も笑い、ビリーは余計に不機嫌になる。
「ま、そういう訳だ、付き合え犬っころ」
「……何で俺まで」
ビリーが舌打ちしてテーブルから手をおろした直後、山崎が勢いよくテーブルを蹴りあげて正面にいた男達にぶつける。弾かれるように、辺りの客が我先にと席を立って逃げだした。
悲鳴に混じって山崎竜二の甲高い笑い声が響く中、ビリーは棍を伸ばして間近にいた男の足を払い、転んだ所を踵で顔面を踏みつける。骨が折れる感触が靴底越しに伝わって、僅かにビリーは眉をしかめた。
「お前なァ、同じ状況だったら見逃すか?」
「ンな訳ねェなッ」
ビリーは怒鳴るように叫びながら、銃を構えようとする目の前の輩の脳天に棍を振り下ろす。視界の隅の方で、一切の無駄を省いた動作で山崎が匕首を黒服の腹に突き刺すのが見えた。ぐるりと手首を回した後に引き抜かれた傷口からは、中身だとか生命だとか色々なものが零れ落ちていた。




「派手に壊したなぁ……」
そう言うビリーの足元は、折れた椅子の足が転がって辺りには十分前には確かにテーブルだった残骸やら、踏みつぶされたポテトが散らばっている。どの口が、と揶揄混じりに山崎が笑う。
「半分以上はテメェだろうが」
「そうだけどよ」
ビリーは屈むと、足元のもう息をしていない男の胸元から財布をつまみあげた。何枚かの紙幣を抜き取ってから財布を放って、自分のポケットにあった数枚のコインを重しにして隣のテーブルに置いた。ちゃりん、と音が鳴る。
「何やってんだ」
血でぬらりと光る匕首を、これも倒れている男の服で適当に拭いている山崎が見上げて聞く。返り血が頬に飛んでいたので手を伸ばして拭ってやりながら、ビリーはへらりと笑った。
「……迷惑料?椅子壊しちまったし」
「妙なとこ律儀だよな、テメェ」
「ここの飯結構好きなんだよ」
変な奴、と言って山崎が口端を歪めてなぜか笑った。先程までしていた、頭のネジが半分以上無くなったような馬鹿笑いの名残はどこにもない、音の無い笑いだった。
サイレンの音がかすかに聞こえて振り向けば、通りの向こうからやってきたパトカーを見つけ、ビリーは棍をたたんで背中にしまう。ちらりとそちらの方に顔を向けた後、血を腹から零しながらも起きあがろうとする男の頭を、山崎は興味の無くなった目をして蹴り飛ばして小さくため息をついた。
「ほら、行くぞビリー」
「おい引っ張ンな、袖が伸びる」
「捕まると面倒だろうが、色々と」
じわじわと集まってきた野次馬を押しのけるようにして、山崎は輪の外に出る。引きずられるようにしてビリーも歩いて、腕時計を見れば一時を過ぎていた。殺されかけたんで昼休みが伸びました、と言ってもあの上司には通用しないと思うと今から気分が陰る。
「あー、ちくしょう平和だ」
「平和だなァ」
忌々しげにビリーが吐き捨てれば、山崎は素知らぬ顔でにやにや笑っていた。そういえばあの男達の正体を聞いていなかったと今頃気付いたが、正直ビリーもそこまでの興味がなかった。
開きかけた口が寂しくて、ビリーは煙草を咥えて火をつける。山崎がよこせ、と片手を出してきたので箱を置けば、火も一緒に渡すモンだろ、とぶつぶつ言いながらポケットからライターを出していた。
どうした、とビリーが聞けば、いや、と山崎は煙草を口から離して怪訝な顔で睨んでいる。
「これ、日ごろテメェが吸ってんのと違わねェか?」
「ああ、さっき手に入れた」
「さっき?」
お前の客、とビリーがさらりと答えれば、山崎は無言で咥えていた煙草を捨てて踏み躙った。後ろの方では、パトカーと誰かが呼んだ救急車のサイレンが混じって聞こえる。何もかもが手遅れに思えて、ビリーは声を立てて笑った。
死体は安置所へ運ばれる。明日もあの店はチキンとポテトのセットを4ドルで売る。ビリーが煙草を一箱吸い終わる頃には、九龍とやらで多分死体が幾つか増えている。笑い声も悲鳴もため息も全部人でなしのメロディー。


こんな感じのがあと三つか四つ入った本になります。
白か黒か赤。