居間に戻ったら、ソファの上でビリーが寝ていた。最初、単に横になっているのか寝ているのかわからなくて、しゃがんで横顔を見たらきっちりと瞼は閉じられ、体だけが呼吸の度にゆるく上下していた。名を呼んでわざわざ起こす事も無いかと思った。 口、鼻、と視線を移してから、睫毛と眉毛が金色で、当然といえば当然なのだけれど少なからずぎょっとした。 ビリーの寝顔は安らかというよりは無表情だ。それとも人間自体が、寝る時は皆こんな感じなのだろうか。自分のは勿論見れないし、誰かの寝顔自体じっくり見た覚えが無い。 不意に背中で飛行機の音がして、思わず振り向いて窓越しに外を見れば、飛行機雲だけがあった。顔を前に戻せば、ビリーの眼が開いていた。 眼を見開いて一番最初にビリーは、山崎よりも後ろのガラス越しの、もう見えない飛行機の方に顔を向けて、それから山崎に視線を移した。 「なんだ、テメェかよ」 まだ半分寝ているのか、寝ぼけた眼をしながらビリーが笑った。立ち上がろうとしたら手が伸びてきて服の端を掴まれた。仕方なしに、もう一度山崎はしゃがんで視線を合わす。 「誰かと思った」 「誰かってなァ」 ここは山崎の家なのだから他に誰がいてもおかしいのに、それを言葉にする気がなぜか起きなくて、言う代わりにぐい、とビリーの頬を擦るように撫でた。 「寝ぼけてンじゃねェよ」 何かあったのだろう、もしくは最中なのだろうとは思う。それより先はわからない。多分ビリーの口から説明されても理解出来ない。決して良くはないのだろうけど、それでもいいと暗黙のうちに二人で決めたのはもうずっと前だ。 目ェ覚ましたんだから起きろ、と言っても、もう少し、とビリーは笑うだけでまだ体を起こす様子はなかった。立ち上がるタイミングがわからなくなって山崎がしゃがんだままでいると、そのままビリーが手を伸ばしてきて、髪を掴まれてぐい、と引き寄せられた。口が触れる。微かにがさついた唇の感触に自分の口元を押さえれば、またビリーが笑った。 ビリーが寝ているうちに顔が見えなくなるくらい、なにか毛布でもかけてでもやればよかったのかと思ったがもう今となっては遅かった。 いつもそうだ。大概の事は気付いた時には手遅れで、見ていることしか出来ない。 「寝ねェ、よ?」 「嘘つけ」 「本当だって」 そう言いながらもビリーの瞼は半分閉じかけていて、山崎は当てつけのようにため息をつく。再度触れた頬はいつもよりは多少熱く、変な所ばかり子供のようだった。 「寝ねェなら起きろよ」 「一度横なると、起きるのが億劫でな」 「眠いんだろ」 「眠くねェンだって」 欠伸を噛み殺しながら答えるビリーの枕にしている腕に、バンダナから出ている髪が押し付けられてぐしゃと曲がっている。ビリーが起きた時、変な寝ぐせになっていたら、もしなってなくとも笑ってやると山崎は決めた。 どうせビリーが起きる頃には自分でも忘れている。それでいい。事情になど立ち入りたくもないし、きっとそれは男が許さない。 また背中で飛行機の音がしたがビリーは起きなかった。山崎も振り向かなかった。どうせ今見ても飛行機雲だ。 |