「もう、止めだ」 そう言って、山崎は疲れ果てた顔で笑った。壁に寄り掛かるように一度背中を預けてから、足元に落としていた、ビリーの腹を突き破らなかった刃物を拾い上げて鞘にしまう。ぱちん、という音が随分気が抜けていた。 「テメェ、蹴っても刺しても死なねェから飽きた。今日は止めだ止め」 随分と好き勝手な言い方だった。先に言うな、とも思った。殴りつけてでも途中で止めさせたかったが、血が流れすぎたようで体はだるいしあちこち痛く、べたりと座り込んだまま立ち上がる事も出来なかった。 ビリーも、この山崎という男はいくら蹴っても殴っても血を吐かせても起きあがってきて、死なないから正直飽きていた。それでも、先に言われてしまっては何と返しても負けな気がして癪だった。 「勝手に言ってンな……」 「なら続きやんのかよ、今から」 「あー……無理、面倒、眠い」 「だろ?」 山崎は笑う時の癖か目を細めた。瞳孔まで細くなるようで不気味で、蛇とかイグアナとかあの手の爬虫類によく似ていた。 煙草を出そうとした男の右手の指が、二本ほど折れ曲がって変な方向を剥いていた。さっき刃物をたたき落とす時に掠ったか、と今頃ビリーは気がついて笑おうとしたが、口の中は殴られる度に切れてすっかりずたずたで、空気みたいな音がもれただけだった。 喧嘩は昔からしているが、好きだったのかよくわからない。嫌っていたような、そうでないような、大抵必要に迫られてしていたのでその辺りがあやふやだ。死ぬかもしれないから嫌いで、自分が勝てるくらいの相手なら嫌いではなかった。 死にたくねェな、と息に近い声でビリーは呟いた。咥え煙草の山崎が、僅かに目を見開いてビリーを見る。 命乞いなんかでは断じてなかった。口に出さないだけで、実はいつもそう考えていた。死ぬかもしれない、と思った事はそれはもう忘れるくらいあったけど、死んでもいいだなんて一度たりとも思った事はなかった。 「今頃気付いた風な顔してンじゃねーよ。誰だってそうだろうが、馬ァ鹿」 歪んだ笑いと吐き捨てるような言葉尻の後、一度口を押さえて本当に山崎は何かどろりとしたものを吐き捨てた。多分血だと思うが、相手も自分も地面すらあちこち赤いくらいに鉄分を撒き散らしていて、臭いでは分からない。 こういう怪我をするのは初めてではない。その度ごとに、無理をするな、と世界で二人っきりだけに、もう何度も視線だけで咎められている。一人は妹で、一人は上司で、そんな目を彼らにさせるのは大変申し訳のない気持ちになるのだけれど、無理をしなければ自分は何にもなれないのだから、しない訳にはいかない。 「うっせェよ、チンピラ、阿呆、ジャパニーズ」 「犬だからってキャンキャン吠えンな」 山崎はげらげら笑って、ビリー・カーン、と珍しくフルネームで呼んだ。人の良さそう、というのとはまた違っていたがそれでも、どちらかといえばまともに入る部類の顔で山崎は笑っていた。顔はべったりと血であちこち汚れていて、子供が泥遊びした後みたいだったが自分も大して変わらない事にやや遅れてビリーは気がつく。 「ジャパニーズ以外はテメェもだろ」 そうかもな、と思ったが口を利くのが億劫なのでビリーは頷くだけにした。息を吸うのを忘れていて、思い出したように大きく吸いこめば金臭かった。 死にたくない、とまた思った。こんなにも生きるだけでみっともないのに、何年先でも死ぬわけにはいかない。 まだくっついてないので正直表記に困る。 |