(ビリー)

自分の頭の中には何人もの自分がいて、何かあるたびに怒ったり叫んだり笑ったりしている事に最近ビリーは気がついた。
妹といる時のそいつらは、穏やかに談笑していたりおとなしくなっていてひどく静かだ。
主といる時は静かだったり派手に笑っていたりと、せわしないくらいに様々だった。
山崎と会うといつだって何があっても、頭の中の自分達は騒がしくなる。皆が口々に話始めて、脳内はぐちゃぐちゃにかき乱される。
それでも傍から見ている分には何も変わらないし、ビリーは変わろうと思ったこともない。
今までやってきたように、相手ごとに用意してある笑顔を貼りつけて、日々与えられた役目をこなして生きてゆく。
イカれてんなぁ、と他人事のように思った。

「俺はな、変わって欲しくねェんだ。多分」
酔っているんだろう、とはぼんやり頭の隅でビリーは思った。自覚がある時は、大抵翌日あたり二日酔いに後悔する程飲んでいる。
さっきからテーブルに当たっている左頬が冷たい。向かいに座る山崎は無言で、ただ飲み物を嚥下する音だけがした。
「家帰ったらリリィがいて休日は二人で飯作って溜まった洗濯もの片付けて、会社行ったらあの人が座っててなんかロクでもねェ事考えてて俺は期待される通りに動いて」
ビリーの言葉は、山崎に向けているようで、実は誰に向けて話しているつもりもなかった。
ただ言葉にしないと、つい忘れてしまいそうで怖くなる。だからビリーは何でもかんでも言葉にしようとする。
言ってしまえばもう引っ込みがつかなくなるので、逃げ場が無くなるのを望んでいる。逃げ場があれば、逃げてしまうのだ、恐らく。
「テメェとかち合ったら殺し合ってケリつかなくてたまに会って酒飲んでぐだぐだして、なんかそーいうのがよ、明日も、明後日も、一月後も、これから先も、ずっとずっといつまでも終わらなきゃいい。ここが俺の終点だったらどんなにいいだろうに」
その為ならなんでもするのになぁ、とうまく言えたかどうかはわからない。溜息のように自分の吐いた息が酒臭かった。
頭の上の辺りで、俺は、と声が聞こえた。




(崇雷・崇秀)

「知らせた方がいいのかな、兄さん」
「誰に?何を?そして、それはどうしてだ?」
「はぐらかさないでよ。山崎に、秘伝書の正体を。……どうしてかな?」
「言ったら絶対に怒るぞ、あいつ」
「怒るよね」
「怒らなかったらそれは偽者だ」
「だよね、山崎怖いもの」
「別に怖くはない、が、あいつと殺し合うのは嫌だ。……なんでだ?」
「僕も嫌だ。なんでだろうね、あいつは最初から僕達を利用する事しか頭になくて、僕達もそのつもりだったのに」
「なぁ、あいつが言う通り、もしも秘伝書の秘密が財宝だったとしたら?有りえないが」
「山分けして、後は好き放題使うよ」
「多分、俺も、山崎もそうするだろうな」
「それが一番利口だしね。死人も怪我人も出ない」
「でもそうだとしたら、空龍と海龍がかわいそうだ」
「兄さんは同情してるの?あの二人に」
「そんな、簡単に言えるもんじゃない。俺はあいつだった時があったから、だから、それだけだ」
「でも、今のままだったら、山崎がかわいそうだと、僕は思ってしまうんだ」
「知っても、あいつは幸せにならないだろ」
「でも、それでも、僕は、」
「それに、知ったらあいつは多分、俺達を殺そうとする。例え、その瞬間だけだとしても」
「そうしたら、僕らはあいつを殺さなきゃいけない。まだ、死にたくないからね」
「後はもう、繰り返すしかないだろ」
「どっちかが生きてる限り、か。ほんとどうしようもないね」
「結局、みんなかわいそうなんだろ」
「そうだね」
「そうだな」




(ギース・ビリー)

大体ねェ、と山崎竜二についての報告書をぺらぺらとめくって、ビリーは盛大にため息を吐いた。
「一度痛い目みたからって、懲りすぎなんですよ、あの馬鹿」
「懲りているのか?あれがか?」
そんな格言が確か日本にもあったな、とギースは記憶を手繰る。羹に懲りて膾を吹く、だったか。
「懲りてンですよ、だからあいつ誰も傍に置きたがらないんです。金とか武器は、死なねェしどっか行かねェから安心して手を出せる」
ビリーは呆れ切った様子で一気に話して、手を腰に当ててぐい、と顔を覗きこんできた。
「えーと、すいません、俺の話聞いてますか?」
「ああ、聞いている」
答えながら、もう一つギースは思い出していた。猿に言葉巧みにおだてられて火の中の栗を取ろうとする猫の話。
「お前と似ている、と思ったんだがなぁ」
「俺は痛いなんて思った事ないですし」
全然違いますよ、と言ってビリーは口端を歪めた。きっと、ビリーは何度怪我をしても死にそうになっても、後悔ばかりはした事自体がないのだろう。そういう概念自体、よく理解していない節がある。
限りなく自分の為だけに、誰かの益になるようにとビリーは動いている。この男の原動力はいつだって他人でしかない。例えば、自分だとか妹だとか。
「お前の栗は、火の中にしか無いのだろうな」
面食らったように表情を無くしてから、あんたたまに訳分からない事言う、と困った時の顔でふにゃりと猫は笑った。何度も火の中につっ込んだせいで、きっととうの昔に黒焦げになっている筈の猫の手の事を、ほんの少しギースは考えた。




(山崎)

俺は、と言ってから山崎は言葉の続きを酒で流し込んだ。
山崎は、自分の事を語る言葉をあまり持っていない。慣れてもいない。
別に今まで語る相手が周りにいなかった訳ではない。部下もそれなりに抱えてはいるし、寝物語だのそういう機会ならいくらでもあった。
ただ、言葉にすることは好まない。よほどの、解りきっている事しか口にしたくは無い。ましてや、自分の事など何もわからない。
言葉にしない代わりに山崎は考える。考えて考えて、自分にとっての最善を探そうとする。もっとも遠くまで逃げ切れる道を探そうとする。何から逃げているのかすらわからないのに。
目の前で酔いつぶれて管を巻く男を、この場で殺さない理由を山崎は考える。
いきなりやってこられて、追い払うどころか不用心に家に上げて、しかも自分の酒を飲まれて、男が持って来たつまみに手をつけてしまっていた。
懐柔だなんて、毛先の程も関係ない男だと知っているし、そういう魂胆で酒を飲ました訳ではない。ただ、男が飲ませろというからまぁ飲ませてもいいかと思っただけで、その訳を表す言葉は山崎はきっと持っていない。
こんなに不自然極まりない状況を、かつそれを自分がごく自然に許容している理由を、言葉なんかで表してしまっていいのか、それで何か変わってしまわないのか、そもそも変わって欲しいのか欲しくないのか、一体自分はどうしたいのか何を望んでいるのか。
「……俺にはわからねェよ」
口に出したつもりはなくて、山崎は内心驚きながら自分の口に触れた。それ以上何かを口走らないように慌てて手で覆う。
返事遅ェよ、と片頬をテーブルに貼りつけたままビリーが見上げてきて、力の抜けた顔で笑った。どうしてビリーのこういう笑い顔は見るたびに気が沈むのか、今の山崎はそればかりを考えていた。





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