もうじきの閉店を知らせる音楽が鳴る雑貨店の通路は、他の客がまばらでも図体が大きい男二人が並ぶには多少狭かった。並ぶ必要は何もないのだが、この犬は何か見つけると黙っていられないのかいちいち見せに来たり、そうでなければ山崎が見ているものに茶々を入れたがるので始末が悪い。
「おい、ビリー。時間かかるから先に出とけ、邪魔だ」
「じゃあこれよろしくな」
山崎に持っていた籠を押し付けて、ビリーは突き返す暇も与えずにすたすたと自動ドアをくぐっていった。残された山崎は舌打ちを一つだけして、自分の買い物に戻る。
絆創膏と包帯は確かまだ家にあった。消毒液はこの前ストックを使い切ったから、三本ほど籠に放る。脱脂綿、ガーゼ、綿棒、湿布。順々に視線をずらしていって、一番端のコーナーに来た時にいつものことながら山崎の気は滅入って仕方が無い。
15枚入り。極薄素材。特大サイズ。抗菌仕様。着け心地抜群。スリム仕立て。無香料。日頃ならあまり目にしないような単語と金銀原色に彩られた派手なパッケージが、山崎の視界でちらちらと代わる代わる存在を主張する。
真面目に見ていると頭が痛くなりそうだったので、その内の比較的目立たないパッケージのものを手にとって山崎は籠に放り込む。その上から酒だとか飲料水だとかつまみだとか電池だとか、生活に必要なもので見えないくらいに覆ってしまう。





思えば、ビリーが素直に引き下がった時は大概何か企んでいるので、山崎はろくな目にあった覚えが無い。
「テメェがつっこまれるんだからテメェが用意しとけよ」
「あー……なるほど、そういう理屈って訳だな」
「文句あんのかよ」
「いーやぁ?」
まだ、ビリーの性格だなんだとわかった気になっていたころだ。どっちが突っ込むかでもめた上に、面倒くさくなったビリーが押し負ける形で決まった。と、その時の山崎は思っていた。
今の山崎なら、、その時のビリーの目が殺し合いの最中のそれのように獰猛さを残していたことや、そもそも切っても刺しても減らず口を止めない男が、意味深に笑うだけでおとなしく退いた辺りを不審に思い問い詰めるだろう。
確かにビリーの言葉に嘘はなく、いつもいつも用意するのは男の方だったが、それから一ヶ月ほどは我慢比べのような地獄だった。
確かに持ってきはしたが、そのどれもこれもがひどかった。やれブドウだのイチゴだのの匂いがするもの、形が変なものやキャラクターの絵がプリントされたものだの、はっきり言って散々だった。しばらくは山崎も言い出した手前引っ込みがつかず、どうせ突っ込めば変わらないと半ば根競べのように付き合っていたが、暗くなると光るという代物を持ってきた時が一番ひどかった。
ビリーが電気を消した途端、暗闇の中で薄ぼんやりと光を放つ自分の股間、自分で持ってきたくせに腹を抱えて笑う半裸の馬鹿。山崎が唖然としていれば、その前に酒を飲んでいたせいもあったのか、ビリーが笑いすぎて気持ち悪くなったとトイレで吐き始め、萎えきった自分の股間からまだ光っていたコンドームは落ちた。
仕事の関係だったり単なる見物だったりと、無残なものや醜悪なものは散々見てきたが、あれほど馬鹿馬鹿しい光景を目の当たりにするのは、今までもこれから先もないだろうと山崎には心の底から思えた。その程度は、まだ人生に希望を抱いていたかった。結局その日はそれ以上何をする気にもならず、気まずそうな顔をしてビリーは帰っていった。
翌日、悩みに悩んだ末、携帯を手にとってビリーの番号を押せば、何度目かのコールの後に幾らか元気のない声がした。
「……もう持ってくんじゃねぇ」
「だからってお前、生は嫌だろ。いくらデキないってよぉ」
さすがに昨夜の件を引きずっているのか、普段より幾分と歯切れが悪い声が携帯からは聞こえてきた。言おうか言うまいか何度も迷った言葉を一息で口にするために、山崎は小さく息を吸う。
「これから俺が用意するから余計なことすんじゃねぇ」
へっ、と気の抜けた破裂音のような声が聞こえた。素で驚いたのか、携帯を片手に目を丸くしている男の姿は簡単に想像できた。
「テメェに任せたら、何用意するかしれたもんじゃねぇからな」
いやあれはさぁなんつうかなぁ、と電話の向こうの男はまだ何か言いたそうだったが、これ以上この話題を続ける気にはなれず山崎は電話を切って、ついでに電源もオフにしておいた。椅子に崩れるようにして座れば、一仕事終えたくらいの疲労感が来た。



前に買った時からは一月も経っていないと思うが、たったそれだけの間に十何回もあれに突っ込んだのかと思うと、それはそれで山崎の気は沈んでしかたない。
別に操を立てるだとかビリー以外に反応しなくなったとか、そんな馬鹿げていたり死にたくなる話ではないが、九龍に戻ったりサウスタウンに飛んだりと、取引でせわしない身の合間にそうそう女を捜す程飢えてる訳でもなく、結果として山崎竜二のコンドームと精液は、全て前触れもなく訪れるビリー・カーンの為だけに消費されていく。
ありがとうございましたー、という店員の声を背中に山崎は店を出る。右手に提げたビニール袋の重みが、本来の重量以上に感じられた。
「おっせぇよ、バーカ」
外で待っている間に冷えたのか、革ジャケットの前をぴったりと閉じてしゃがんでいたビリーが、立ち上がりながら振り向いた。ぶるり、と身を震わせて足早に近寄ってくる。
「こんなゆっくり何買ってたんだよ」
「うるせぇ……おい、勝手に漁んなボケ」
ビニール袋をのぞき込んで、ジャーキーや缶ビールの銘柄をじろじろと見ていたビリーが、居心地の悪そうな、どこか照れくさそうな顔をするものだから、山崎は見ていられず視線をそらす。
「……山崎クンのスケベ―」
その言い方が癪に障り、山崎はつま先でビリーの脛を軽く蹴る。いてっ、と叫んだ男が躓きかけるも何とかバランスを取ったのを見て、力が弱かったかと少々山崎は後悔した。
「大体なぁ、それ必要なのはテメェのせいだろうが」
「いつもいつも俺に勃たせてんのはお前だろ」
それなりに整っている方の顔立ちと、さらりと吐き出された言葉のえげつなさの差異に、思わず山崎は苦い顔になる。
「なんつうかあれな、お前の買うものって面白みないよな」
「……テメェは欲しいか?面白み」
「お前、俺が嫌がらせの為だけにあんなもの買ってきたと?」
ビリーの言うあんなもの、が何を指してるのかわからないほど山崎も鈍くはない。あの時は苦渋の決断だったが、やはり自分が買うのが正解だったのだろうと改めて思い直す。
「いやー、これもどうせ俺に使うのかと思うとなー……」
「……一遍死ねッ」
「おい寒ィんだから、置いてくなって」
山崎が大股で歩き出せば、ビリーが早足で距離を詰めてくる。どうせ道は知ってるのだからついてくるだろうとはいえ、置き去りにする気にもなれず、山崎が歩む速度を少し緩めれば、すぐにまたビリーは隣に並んで、いひひ、と歯を見せて笑った。
山崎とて自分からビリーの手を取る気は無いが、取られた手を振り払えないでいる。見透かされて、要求を呑んで、手間暇をかけて、好き勝手に振る舞われて、勝ち負けでいうなら負けとしか言いようがない。負け続けで終わる気配のない勝負から、山崎が盤を降りようと思ったのは一度や二度ではなく、それでも踏ん切りがつかないままだらだらと、こうして何度目かわからない雑貨屋から家までの道を二人で歩いている。
「なぁ、山崎。さっさと帰ろうぜ」
帰った自分たちが何をするのか、誰よりもその身をもって知っている筈の男が涼しい顔でへらりと笑う。肺の奥の辺りが縮むように痛む心地がしたのは、吸い込んだ冷気だけのせいではきっとない。
どうして、こんな思いをして、負け続けてまで、これに手を出してるのか。
今まで何十回も考えた問いに、何十回と同じように今日もやはり答えは出ない。ビリーはいつもと変わらぬ顔で笑っているので、つねってやろうかと山崎は手を伸ばす。
触れた頬が自分の手よりも随分と冷えていて、山崎は僅かに相好を崩す。いてぇって、とへらへらとした顔でまたビリーが笑った。絡まったり離れたりまたくっついたり、ふたりきりの生き物になる為の時間はすぐそこまできている。






冬コミサンプルです。こういうのがあと4つ入ってます